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南アルプス市(旧櫛形町)上野にあります。
有名な戦国武将「武田信玄」の母「大井夫人」と関係の深いお城です。
 
椿城本丸跡(果樹園の中に存在する)と案内板
小笠原氏の祖として有名な小笠原長清の孫の
上野六郎盛長が築いたのが始まりです。
上野城といったそうですが、附近に椿の多いことから
椿城と呼ぶようになりました。

本重寺にたつ石碑
余談ですが、この地区の小学校の少年野球チームは椿ライオンズと言います。
このお城は大井氏の居城として有名なので、大井氏との関係を紹介します。
甲斐武田家10代当主・武田信武の次男信明が大井庄を領有し、大井氏を名乗ります。
これが武田支族の大井氏の始まりです。大井信明は大井氏の祖です。
そして、大井氏の6代当主が大井信達といって、この城を拠点としました。
大井信達は、武田信虎との戦いに敗れ、娘を信虎の正室に送りました。
この娘が、武田信玄のお母さんである大井夫人です。
以下、本重寺の説明を写します(^^;
信達は大井宗芸、武田高雲斎と号し、冷泉為和歌集にあるように和歌を善くし、
永正3年に飛鳥井雅康より「八代集秀逸」(山口県新南陽市指定文化財)を授与されており
京都に学んだこともうかがえ、文亀、永正、大永年間の武将であり、
晩年は晴信(後の信玄)の外祖父として重きをなした人である。
なお、本重寺は信達の法名、本習院に由来するといわれている。
(本重寺説明版)
 
本重寺は日蓮宗
本重寺は、大井氏の菩提寺となっていまして、大井一族のお墓があります。
余談ですが、このお寺のお墓はどれも立派だったのですが、墓石に陸軍伍長とか
陸軍大尉とか一等兵とかかれたものが沢山ありました。

大井一族のお墓
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